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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)152号 判決 1997年10月16日

東京都東久留米市前沢3丁目14番16号

原告

ダイワ精工株式会社

同代表者代表取締役

森秀太郎

同訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

風間鉄也

中村誠

高山宏志

水野浩司

同訴訟復代理人弁理士

蔵田昌俊

東京都港区虎ノ門1丁目21番8号

被告

マルマンゴルフ株式会社

同代表者代表取締役

片山龍太郎

同訴訟代理人弁護士

島田康男

同弁理士

西岡邦昭

主文

特許庁が平成5年審判第18765号事件について平成7年5月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「ゴルフクラブ」とする実用新案登録第1889033号(昭和57年7月9日実用新案登録出願、平成4年2月25日設定登録。以下「本件実用新案登録」といい、その実用新案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。

原告は、平成5年9月22日、本件実用新案登録を無効とすることについて審判を請求し、平成5年審判第18765号事件として審理された結果、平成7年5月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月24日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

シャフト1を、母材にウイスカー2を混入したウイスカー強化複合材料3にて形成したゴルフクラブ。

3  審決の理由の要点

(1)  本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  審判請求人(原告)は、本件考案は甲第4号証ないし甲第7号証(本訴における書証番号)に記載された事項に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法3条2項の規定に該当し、同法37条1項1号の規定によりその登録を無効とすべきである旨主張している。

甲第4号証の「高性能複合材料の最新技術」R&Dレポート No.20(株)シーエムシー、昭和57年6月7日第2刷発行 113頁~125頁には、高性能複合材料としてのウイスカーの種類、特徴、応用例等が記載されている。一方、同号証の367頁~375頁には、ゴルフクラブ用シャフトの種類、要求性能、製造方法等が記載されている。甲第5号証の「プラスチックマテリアル」VOL.12 No.9(株)ザ・プラスチック、昭和46年9月29日発行 137頁~140頁には、スポーツ、レジャー用品へのFRPの応用例が記載されている。甲第6号証の「スーパーマテリアル ファインセラミックス」有限会社与野書房、昭和57年2月1日発行130頁~133頁には、炭素繊維で補強したプラスチック複合材料の応用例の1つとしてゴルフクラブのシャフトが記載されている。また、甲第7号証の特開昭50-80364号公報には、「繊維質基材に揮発性液体を含浸させた後、この基材ヘウイスカーを付着させ、このようにして得られたものを複数枚積層して該液体を揮発させ、しかる後加工し、加圧状態で熱硬化性樹脂を減圧含浸させ、加熱硬化させることを特徴とするウイスカー強化複合材料の製造方法。」(特許請求の範囲)が記載されている。

(3)  そこで、本件考案と甲各号証に記載されたものとを対比すると、甲第4号証には、ウイスカーを強化材としてゴルフクラブのシャフトに用いることも、本件考案によるゴルフクラブ特有の作用効果についても記載ないし示唆されていない。甲第5号証には、ガラス繊維以外の補強材としてのウイスカーが記載されているにすきず、ゴルフクラブシャフトの補強材としてウイスカーを用いる点については何ら記載ないし示唆されていない。甲第6号証には、炭素繊維で補強したプラスチック複合材料の応用例の1つとしてゴルフクラブのシャフトが記載されているが、ウイスカーを用いた構造材料の応用例にはゴルフクラブシャフトは含まれていない。また、同号証には、ウイスカーを用いた構造材料は比強度及び比弾性値が大きい旨の記載があるが、ウイスカーをゴルフクラブシャフトの強化材として用いた場合のゴルフクラブ特有の作用効果については何ら記載ないし示唆されておらず、ゴルフクラブのシャフトに炭素繊維で補強したプラスチック複合材料に換えてウイスカーを用いる必然性が見出されない。甲第7号証には、単にウイスカー強化複合材料の製造方法が記載されているだけである。

結局、上記甲各号証には、いずれにも本件考案の必須の構成要件である「ウイスカー強化複合材料をゴルフクラブのシャフトに用いる」点については、何ら具体的に記載されておらず、また、これを示唆するところも認められない。

そして、本件考案は、甲各号証に記載のない上記の構成を具備することにより明細書記載の特有の作用効果を奏するものと認める。

(4)  したがって、審判請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件実用新案登録を無効にすることはできない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)、(4)は争う。

本件考案は、甲第4号証ないし甲第7号証の記載事項から、その構成を容易に着想することができ、また、その作用効果も予測できる範囲のものであるから、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるにもかかわらず、審決は、この点を誤認して、審判請求人(原告)の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件実用新案登録を無効にすることはできないと誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  ウイスカーは短繊維状の物質であり、一般的な各種繊維材料と同様、プラスチックの強化材として用いられるものであること、複雑な形状であってもすみずみまで分散強化できる性質があること、引張特性、特に強度において大きな特徴のある強化材であり、炭素繊維に並ぶ各種繊維材に対して、比強さ(比強度)及び比弾性率において優れた特徴を備えていること、ウイスカー強化複合材料は、ウイスカー自体の特性により、大きな強度が得られ、所要の材料の重さを大幅に軽減できること、といったウイスカー及びウイスカー強化複合材料の特性は、甲第4号証ないし甲第7号証に記載されているように、本件考案の出願前に周知であった。また、ゴルフクラブシャフトを設計する上で、<1>適当な径を有すること、<2>軽量であること、<3>適度な曲げ剛性を有すること、<4>捩れが小さいこと、<5>曲げ強度が大きいことが要求される性能であることは、甲第4号証に記載されているように周知であった。

これらの周知事項によれば、ゴルフクラブに関する当業者であれば、ゴルフクラブのシャフトの要求特性がより満足できるように、強化材として優れた特性を有するウイスカーをゴルフクラブのシャフトの強化材として用いることは当然行い得る技術的事項にすぎない。

(2)  強化材の進歩の歴史は、より優れた強化材の開発とその採用に尽きるといっても過言ではなく、ましてや、ゴルフクラブのように、製品としての要求特性(軽量化、曲げ剛性、捩れ強度、ヘッドスピード等)がより高い目標を目指すものとして明瞭である分野においては、その要求特性を満たす開発を常に探究している当業者にとってみれば、より優れた特性を有する強化材の存在とそれを複合材とした場合の一般的効果が周知となっている以上、その強化材を、強化複合材料からなるゴルフクラブのシャフトヘ応用する着想はきわめて容易であり、かつ技術発展の蓋然性からして必然のことである。まして、上記事項が周知であれば、ウイスカーをゴルフクラブに応用することの技術的困難性は全く見当たらない。

甲第5号証は、「FRP応用技術の進歩と課題」(137頁最上欄)の中で、特に「スポーツ、レジャー用品」を標題とし、上記用品の具体例として、「パイプ状のものとしては、ゴルフクラブ、スキーポール、矢などのシャフトをFRPで作った例」(138頁左欄24行ないし27行)を取り上げていると共に、「5.おわり」(140頁右欄)の欄において、上記スポーツ、レジャー用品の構造材として新しい材料の出現にかかる説明をし、その上で「近年ガラス繊維以外の補強材として、ホイスカー、炭素繊維などの出現がある。これらはFRPを軸とする複合材料の開発研究に広がりを与えてくれる」(140頁右欄33行ないし35行)ことを明瞭に開示している。

さらに、甲第6号証においても、FRPの応用としてゴルフクラブシャフトがあること(133頁17行ないし24行)、及びFRPに用いられる繊維状物質には、長繊維以外にもウイスカーのような短繊維があること(133頁1行ないし5行)が記載されており、複合強化材料で構成されるゴルフクラブ用シャフトの強化材として、ウイスカーを用いることを十分に示唆している。

以上のとおり、本件考案は、構成自体に着想の困難性が全く認められない以上、当業者にとってきわめて容易に想到し得るものというべきであり、これを否定した審決の判断は誤りである。

(3)  本件考案の明細書記載の作用効果は、次の2点であると考えられる。

(a) 強度的に優れインパクト時の衝撃に耐え、かつ軽量になり、スイングを速くすることができる。

(b) 一般に、ゴルフクラブは打球時にスイートスポットをはずすとヘッドに回転を起こす応力が発生するが、この応力はシャフトに捩れを発生させ、その結果ヘッドのフェース面の方向が変わり打球の飛球方向が変化するという問題がある。しかし、本件考案において、混入したウイスカーは微細な繊維であるためその方向性がランダム状態で母材の細部まで行きわたり、上記の捩れ方向にもウイスカーが方向性を持った状態で多量に混入することとなるので、捩れ方向に対して大きな抵抗を有するものとなる。このため、打球時にスイートスポットをはずしてもヘッドのフェース面の方向が大きく変わることが回避され、打球の飛行方向が安定する。

しかし、当業者であればきわめて容易に考案できる本件考案の構成において、上記(a)及び(b)の作用効果を得られることは、上記(1)の周知事項及び技術常識に従えば、きわめて容易に予測できる程度のものである。

したがって、本件考案の作用効果について特有のものとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  甲第5号証には、スポーツ、レジャー用品へのFRPの応用例が記載されており、FRPの応用例の1つとしてゴルフクラブが記載されているが(137頁)、ウイスカーに関しては、「近年ガラス繊維以外の補強材としてホイスカー、炭素繊維などの出現がある。これらはFRPを軸とする複合材料の開発研究に広がりを与えてくれるようすだが、なにぶんにも高価な材料であり、その特性を相当に熟知しないとなかなか使いきれない。」(140頁右欄33行ないし36行)と記載されているにすぎないから、甲第5号証は、ウイスカー強化複合材料をゴルフクラブのシャフトヘ応用することを示唆しているものではない。却って、「その特性を相当に熟知しないとなかなか使い切れない。」と記載されているように、甲第5号証は、むしろ、近年出現したウイスカーをFRPを軸とする複合材料の分野に応用することの困難性を示唆しているものと認められる。したがって、甲第5号証についての審決の認定に誤りはない。

(2)  甲第6号証には、炭素繊維で補強したプラスチック製複合材料の応用例の1つとしてゴルフクラブのシャフトが記載されており、また、ウイスカーを用いた構造材料は比強度及び比弾性値が大きい旨の記載があるが、ウイスカーをゴルフクラブのシャフトの強化材として用いた場合のゴルフクラブ特有の作用効果が記載も示唆もされていないことから、審決は、「ゴルフクラブのシャフトに炭素繊維で補強したプラスチック複合材料に換えてウイスカーを用いる必然性(材料置換の必然性)が見出されない。」と認定し、さらに、「「ウイスカー強化複合材料をゴルフクラブのシャフトに用いる」点については、何ら具体的に記載されておらず、また、これを示唆するところも認められない。」と認定しているのであって、本件考案の進歩性について妥当な判断をしていることは明らかである。

(3)  ゴルフクラブの分野の当業者は、甲第4号証に記載された、<1>適当な径を有すること、<2>軽量であること、<3>適度な曲げ剛性を有すること、<4>振れが小さいこと、<5>曲げ強度が大きいこと、という5つの要求特性をゴルフクラブ用シャフトにおける技術的課題として認識することは容易であると認められる。しかしながら、甲第4号証及び甲第6号証には、単にウイスカーまたはウイスカーを用いた構造材料の引張特性(比強度、比弾性率)に関する特徴が記載されているにすぎないから、当業者は、たとえ、甲第4号証及び甲第6号証に記載されたウイスカー及びウイスカー強化複合材料の特徴を知り得たとしても、かかる記載事項をもってウイスカーがゴルフクラブ用シャフトの5つの要求特性をすべて満たし得る材料であると判断することは到底不可能である。特に、「<3>適度な曲げ剛性を有すること」に関しては、甲第4号証には、「純粋に力学的な面から見た場合、シャフトは撓らないものの方が理想的と考えられるが、実際にスイングをした場合、撓らない(適度な曲げ剛性を有しない)シャフトは、タイミングが取りにくく、良いフィーリングを得ることはできない。インパクトの際の衝撃がすべて手首に伝わってしまうということにもなりかねない。フィーリングという点で、このシャフトのフレックス(撓り、曲げ剛性)は大変重要な要求性能の一つである。」(369頁下から6行ないし2行)と記載されていることから、ウイスカーまたはウイスカー強化複合材料の比強度及び比弾性値が大きいという特徴事項が、この「適度な曲げ剛性」という要求性能の内容と結びつくものではないことは明らかである。

また、「<4>振れが小さいこと」に関しては、甲第4号証には、「捩れない方が良いとする考えもあるが、グラファイトシャフトの場合、捩れを極度に小さくしようとすれば、逆にシャフトのTIP側(ヘッド側)が硬くなりすぎて、打球感が硬くなったり、ボールが上がりにくくなるほか、シャフトの重量が重くなって、ボールの飛びが悪くなったりする傾向がある。実際には、ある程度トルク(Torque)がある方がスイングする時のタイミングが取り易くなり、良いフィーリングが得られ、さらに飛距離を伸ばすことができる。」(370頁4行ないし9行)と記載されていることから、ウイスカーまたはウイスカー強化複合材料の比強度及び比弾性値が大きいという特徴事項が、この「振れが小さい」という要求性能の内容と結びつくものではないことは明らかである。

さらに、「<5>曲げ強度が大きいこと」に関しては、甲第4号証には、「シャフトにヘッドやグリップを組み付けてゴルフクラブとして使用する際に破損しないということが絶対に必要なことである。そのためには絶対に破損しないシャフトを造ることが理想であるが、そのことを最優先すると、もはやシャフトとして使用することはできなくなる。それゆえ、シャフトとして今まで述べてきた各々の要求性能を満足し、かつ実用上問題を生じない実用強度を保持することが必要になる。」(370頁10行ないし14行)と記載されていることから、ウイスカーまたはウイスカー強化複合材料の比強度及び比弾性値が大きいという特徴事項が、この「曲げ強度が大きい」という要求性能の内容と結びつくものではないことは明らかである。

結局、ウイスカーが比強度及び比弾性率の点で優れているとしても、ゴルフクラブ用シャフトの5つの要求をすべて満たす材料であると認識することはあり得ないのである。

甲第5号証においても、ウイスカーに関しては、「近年ガラス繊維以外の補強材として、ホイスカー、炭素繊維などの出現がある。これらはFRPを軸とする複合材料の研究開発に広がりを与えてくれるようすだが、なにぶんにも高価な材料であり、その特性を相当に熟知しないとなかなか使い切れない。」(140頁右欄33行ないし36行)と記載されているように、材料についての技術常識を有する専門家というものは、一部の特徴のみをもって安易に材料を置換しようとするものではないのである。

したがって、たとえウイスカーまたはウイスカー強化複合材料は高い比強度及び比弾性率を有することが本件考案の出願前より甲第4号証及び甲第6号証により知られていたとしても、それらの記載事項に基づき、上記5つの要求特性のすべてを満たすゴルフクラブ用シャフトを得るために、甲第4号証に記載されたカーボングラファイトファイバーシャフト(C-FRPシャフト)の炭素繊維に換えてウイスカーを補強材として用いることは容易に想到し得るものではないから、審決が甲第6号証に関し、「同号証からはゴルフクラブのシャフトに炭素繊維で補強したプラスチック複合材料に換えてウイスカーを用いる必然性が見出されない。」と認定して、本件考案の進歩性を認めたことはきわめて妥当な判断である。

(4)  本件考案によるゴルフクラブ特有の作用効果、すなわち、「混入したウイスカーは微細な繊維であるためその方向性がランダム状態で母材の細部まで行きわたり、上記の捩れ方向にもウイスカーが方向性を持った状態で多量に混入することとなるので、捩れ方向に対して大きな抵抗を有するものとなる。このため、打球時にスイートスポットをはずしてもヘッドのフェース面の方向が大きく変わることが回避され、打球の飛行方向が安定する。」(甲第11号証3頁26行ないし4頁2行)という作用効果は、いずれの甲各号証にも開示も示唆もされてないから、上記作用効果を参酌して本件考案の進歩性を認めた判決の判断に何ら誤りはない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも(甲第30号証については存在についても)、当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  本件考案の概要

甲第2号証の1(本件公告公報)及び甲第11号証(訂正明細書)によれば、本件考案は、炭素繊維強化プラスチックで形成した従来のゴルフクラブのシャフトに比べ、強度、耐用度の面において優れ、また軽量化が計られ、さらに多種のプレーヤーの要求に対応し得るよう製造可能なゴルフクラブのシャフトを提供することを目的とし、この目的を達成するため、前示要旨のとおりの構成を採用したものであり、(a)シャフトは従来のものに比べ、強度的に優れインパクト時の衝撃に耐え、かつ軽量になり、従ってスイングを速くすることができる、(b)一般に、ゴルフクラブは打球時にスイートスポットをはずすとヘッドに回転を起こす応力が発生し、この応力はシャフトに捩れを発生させ、その結果ヘッドのフェース面の方向が変わり打球の飛行方向が変化するという問題があるが、本件考案においては、混入したウイスカーが微細な繊維であるため、その方向性がランダム状態で母材の細部まで行きわたり、上記の捩れ方向にもウィスカーが方向性を持った状態で多量に混入することとなるので、捩れ方向に対して大きな抵抗を有するものとなり、このため、打球時にスイートスポットをはずしてもヘッドのフェース面の方向が六きく変わることが回避され、打球の飛行方向が安定するなどの作用効果を奏するものであることが認められる。

3  取消事由に対する判断

(1)<1>  甲第4号証(「高性能複合材料の最新技術」R&Dレポート No.20(株)シーエムシー、昭和57年6月7日第2刷発行)の113頁ないし125頁に高性能複合材料としてのウイスカーの種類、特徴、応用例等が記載され、同号証の367頁ないし375頁にゴルフクラブ用シャフトの種類、要求性能、製造方法等が記載されていることは、当事者間に争いがなく、詳しくは、甲第4号証には、1948年にBell Telep hone社(米)で発見されて以来、多くのウイスカーが開発され、ウイスカーの種類として、Al2O3、BeO、B4C、Sic等のセラミックウイスカー、Cr、Cu等の金属ウイスカーが発表されていること(114頁10行、11行。表2.5.2)、ウイスカーは引張特性特に強度に大きな特徴があり(114頁12行)、高強度・高弾性率の単結晶であること(118頁12行、13行)、チタン酸カリウム繊維(ウイスカー)は、米国で複合材料素材としての性能が見出され、断熱素材のほかに、膜・フィルター用素材、ブレーキ素材、プラスチック強化材などに広く検討されていること(121頁5行ないし7行)、ゴルフクラブ用シャフトとしては、木製のヒッコリーシャフト、スチールシャフト、アルミニウム合金シャフト、グラスファイバーシャフト、チタニウム合金シャフト、クロームバナジュウム鋼軽量シャフト、カーボングラファイトファイバーシャフトなどが使用されていること(367頁13行ないし15行)、ゴルフクラブ用シャフトの要求性能としては、<1>適当な径を有すること、<2>軽量であること、<3>適度な曲げ剛性を有すること、<4>捩れが小さいこと、<5>曲げ強度が大きいこと、の5つの性能に大別されること(367頁21行ないし26行)等が記載されていることが認められる。また、同号証には、「「軽量であること」とは、グラファイトシャフトが、ゴルフクラブ用シャフトとしての地位を獲得した最も大きな理由の一つに挙げられる程、重要な要求性能の一つとなっている。」(368頁1行、2行)、「ボールの飛距離を決める直接の要因は、ボールの初速度にあり、ボールの初速度が速ければ速い程、飛距離もそれだけ伸びることになる。飛距離の直接の要因となるボールの初速度は、ゴルフクラブのヘッド重量とヘッドスピードによって決まる・・・。即ちヘッドの重量が重ければ重い程、ヘッドスピードが速ければ速い程、ボールの初速度は速くなり、従って飛距離が伸びることになる・・・。・・・ヘッドスピードとシャフト重量の関係はゴルフクラブのトータルウエイトを軽くすればする程、ヘッドスピードが速くなる。そのため、グラファイトファイバーの特性を生かして、シャフト重量を軽くすることに依り、トータルウエイトが軽くなり、同時にヘッドを重くすることができるのである。」(368頁末行ないし369頁下から7行)と記載されていることが認められる。

<2>  甲第5号証(「プラスチックマテリアル」VOL.12 No.9(株)ザ・プラスチック、昭和46年9月29日発行)の137頁ないし140頁にスポーツ、レジャー用品へのFRPの応用例が記載されていることは、当事者間に争いがなく、詳しくは、甲第5号証には、「FRPを始めとするプラスチック材料の使用にはますます拍車がかかっているといってよいであろう。とくに動的性能が要求され、きびしい環境変化に耐えることが望まれるスポーツ、レジャー用品においては、構造材的性格の強いFRPは、他の応用分野におけると同じく、まことに良好な材料であるといえる。」(137頁左欄11行ないし16行)、「スポーツ、レジャー用品に使用されるFRPは、他の分野の製品に使われるFRPと本質的には変わらない。すなわち補強材としてはガラス繊維が圧倒的に多く用いられ、場合により有機繊維が一部混用されることがある。・・・FRPの性質については改めて述べるまでもないが、金属に十分対抗し、補強材および樹脂の選択によってかなり広範囲な性質を得ることができる。しかしながらスポーツ、レジャー用品の場合は、上記したようにその使用条件が苛酷なため、FRPの各構成材料の選択を目的に応じ十分吟味する必要がある。・・・FRPの比強度、エネルギー吸収特性などの特長を生かした好例として棒高とびポールはよく知られている。・・・このほかパイプ状のものとしては、ゴルフクラブ、スキーポール、矢などのシャフトをFRPで作った例がある。」(138頁左欄6行ないし28行)、「以上、いくつか応用例について概説したが、これからもわかるようにFRPはスポーツ、レジャー用品においても構造材としてすぐれ、さらに金属や木材にない多くの利点を持ち、今後なお材料ならびに成形法の進歩が期待されるので、当分野だけでもまだまだ用途開発が進むであろう。」(140頁左欄28行ないし32行)、「スポーツ、レジャー用品の構造材として、FRPが使われ始めてから10余年が経過した。関係者はこの間に十分な経験をしたはずであり、FRPが複合材料であることに起因する長所、欠点を熟知してきている。・・・近年ガラス繊維以外の補強材として、ホイスカー、炭素繊維などの出現がある。これらはFRPを軸とする複合材料の開発研究に広がりを与えてくれるようすだが、なにぶんにも高価で材料であり、その特性を相当に熟知しないとなかなか使いきれない。」(140頁右欄19行ないし36行)と記載されていることが認められる。

<3>  甲第6号証(「スーパーマテリアル ファインセラミックス」有限会社与野書房、昭和57年2月1日発行)の130頁ないし133頁に、炭素繊維で補強したプラスチック複合材料の応用例の1つとしてゴルフクラブのシャフトが記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、甲第6号証には、「ホイスカー(猫のひげ)とよばれる単結晶繊維は、長さは短いものの、強度は長繊維の10倍前後で理論強度の3分の1にも達している。」(133頁2行、3行)、「ホイスカーを用いた構造材料は同じ強度と変形抵抗能力が必要な場合に、所要の材料の重さは大幅に減少する。これがいわゆる比強度と比弾性値が大きいということである。」(133頁8行ないし10行)、「最もよく知られているのはガラス繊維で補強したプラスチックで、ガラス繊維強化プラスチック(FRP)と呼ばれている。その強度は金属材料の強度に近く、あるいはそれ以上といえる。ここ数年来、炭素繊維で補強したプラスチック複合材料が普及してきた。それは強度が大きいうえに弾性係数が高く、・・・ゴルフのクラブシャフト・・・などに用いられている。」(133頁18行ないし24行)と記載されていることが認められる。

<4>  甲第7号証(特開昭50-80364号公報)に、「繊維質基材に揮発性液体を含浸させた後、この基材へウイスカーを付着させ、このようにして得られたものを複数枚積層して該液体を揮発させ、しかる後加工し、加圧状態で熱硬化性樹脂を減圧含浸させ、加熱硬化させることを特徴とする、ウイスカー強化複合材料の製造方法。」(特許請求の範囲)が記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、甲第7号証には、「通常の方法でウイスカーと樹脂とを混合しているので、ウイスカーは三次元的にアトランダムに配向される」(1頁右下欄17行ないし19行)と記載されていることが認められる。

(2)  そこで、本件考案の容易推考性について検討する。

<1>  まず、上記2項に認定のとおり、本件考案は、炭素繊維強化プラスチックで形成した従来のゴルフクラブのシャフトに比べ、強度、耐用度の面において優れ、また、軽量化が計られ、さらに各種のプレーヤーの要求に対応し得るよう製造可能なゴルフクラブのシャフトを提供することを目的とするものであるところ、上記(1)<1>に認定のとおり、甲第4号証には、ゴルフクラブ用シャフトにおいて、「軽量であること」が重要な要求特性の1つであることが明示され、かつ、ボールの飛距離との関係で、ゴルフクラブのシャフトの重量を軽くすることの必要性ないし有利性が教示されているのであるから、ゴルフクラブのシャフトの軽量化を計るという本件考案の目的は、当業者において当然予測できる程度の事項であると認められる。

<2>  本件訂正明細書(甲第11号証)には、「第2図は本考案の実施例の要部を示し、スチール製のシャフト1として、スチール材を溶融した中に、ウイスカー2を混入して形成したウイスカー強化複合材料3を使用したものである。シャフト1としては、スチール材に限らず他の金属材を使用することも考えられるし、また炭素繊維強化プラスチックを主材料とするシャフト1にウイスカーを混入することも考えられる。・・・上記ウイスカー2は「ひげ結晶」とも呼ばれる顕微鏡スケールの繊維状に成長した単結晶のことであり、単結晶のため一般のスチール材に比較して、桁違いの引張り強さを有する。例えば、太さが数ミクロンの炭化ケイ素ウイスカーは、1平方ミリメートル当り2000キログラムもの引張り強さを示すこともある。これは普通使用されているスチール材が、1平方ミリメートル当り50キログラム程度であることに比べ桁違いの強度特性をもっていることを示す。」(2頁12行ないし23行)、「上述のシャフト1は、ウイスカー混入によって単位重量当りの強度が増加し従来のものに比べ劣ることなく軽量化が計れる。又、シャフトが軽くなるため、スイングウエイトが下がるが、ヘッドにシャフト重量の減少分よりも少い重量を加えることによってもとのバランスに修正できる。」(3頁3行ないし6行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、本件考案は、上記2項認定の目的を達成するために、ウイスカーを母材に混入して、シャフトをウイスカー強化複合材料とすることにより、ウイスカー強化複合材料が有する一般的な材料力学的特性、すなわち比強度、比弾性値が大きいという特性を利用したものであることは明らかである。

ところで、上記(1)に認定のとおり、甲第4号証及び甲第6号証には、ウイスカーの特性として比強度及び比弾性値が大きいこと、及び、上記特性を利用して、ウイスカーは高性能複合材料用の強化材として広く検討されていることが開示されていること、甲第5号証には、スポーツ、レジャー用品へのFRPの応用例が記載されていると共に(ゴルフクラブもその一例に挙げられている)、「近年ガラス繊維以外の補強材として、ホイスカー、炭素繊維などの出現がある。これらはFRPを軸とする複合材料の開発研究に広がりを与えてくれるようすだが、」(140頁右欄33行ないし35行)と記載され、甲第6号証には、炭素繊維で補強したプラスチック複合材料の1つとしてゴルフクラブのシャフトが記載されていることを総合すると、ウイスカーの上記特性を利用するべく、甲第4号証に記載されているカーボングラファイトファイバーシャフトの強化材として、炭素繊維に換えてウイスカーを採用することは当業者がきわめて容易に想到できることであると認めるのが相当である。

<3>  上記2項に認定の本件考案の作用効果のうち、(a)の作用効果は、甲第4号証及び甲第6号証により周知の事項であると認められるウイスカーの特性(比強度及び比弾性値が大きいこと)、及び、甲第4号証に教示されているゴルフクラブのシャフトの重量を軽くすることの必要性ないし有利性により、当業者であれば、母材にウイスカーを強化材として混入することにより得られるものであることは容易に予測できるものと認められる。次に、(b)の作用効果であるが、本件訂正明細書(甲第11号証)には、「またウイスカーは非常に微細であり、シャフトの母材にこのウイスカーを予め混入しておくことも可能であるから、シャフトの母材にこのウイスカーを予め混入して従来と同様のシャフト製造方法を適用することができる。」(4頁5行ないし8行)と記載され、母材に対するウイスカーの混入方法について格別限定するところはなく、通常の混入方法によるものと解されるところ、上記(1)<4>に認定のとおり、甲第7号証には、通常の方法でウイスカーと樹脂とを混合すると、ウイスカーはアトランダムに配向されることが示されている。そうすると、(b)の作用効果における「ウイスカーが微細な繊維であるため、その方向性がランダム状態で母材の細部まで行きわたり」、「捩れ方向にもウイスカーが方向性を持った状態で多量に混入する」という事項は、微細なウイスカーが母材に混入しアトランダムに配向されたことによって当然に導かれる事項である。そして、「打球時にスイートスポットをはずしてもヘッドのフェース面の方向が大きく変わることが回避され、打球の飛行方向が安定する」という作用効果は、上記のように母材にアトランダムに混入したウイスカーが、捩れ方向に対しても当然に方向性を持った状態で配向されるものであることから、当業者が予測できる範囲のものであると認められる。

<4>  以上のとおり、本件考案の目的、構成及び作用効果はいずれも、甲第4号証ないし甲第7号証の記載事項から予測できるものであり、したがって、本件考案は、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認めるのが相当である。

(3)<1>  被告は、甲第5号証には、ウイスカーに関して、「近年ガラス繊維以外の補強材として、ホイスカー、炭素繊維などの出現がある。これらはFRPを軸とする複合材料の開発研究に広がりを与えてくれるようすだが、なにぶんにも高価な材料であり、その特性を相当に熟知しないとなかなか使いきれない。」(140頁右欄33行ないし36行)と記載されているにすぎないから、甲第5号証は、ウイスカー強化複合材料をゴルフクラブのシャフトへ応用することを示唆しているものではなく、却って、「その特性を相当に熟知しないとなかなか使いきれない。」と記載されているように、むしろ、近年出現したウイスカーをFRPを軸とする複合材料の分野に応用することの困難性を示唆しているものである旨主張する。

まず、ゴルフクラブの技術分野の当業者が、その技術開発を行うにあたり、<1>適当な径を有すること、<2>軽量であること、<3>適当な曲げ剛性を有すること、<4>捩れが小さいこと、<5>曲げ強度が大きいこと、というシャフトの要求特性を満たすべく、シャフトを構成する材料として、木製のヒッコリーシャフト、スチールシャフト、アルミニウム合金シャフト、グラスファイバーシャフト、チタニウム合金シャフト、クロームバナジュム鋼軽量シャフト、カーボングラファイトシャフトなどを開発してきたことは、甲第4号証の前記記載に照らして明らかである。

ところで、甲第5号証には、上記(1)<2>に認定のとおり、補強材としてガラス繊維が圧倒的に多く用いられているFRPが、軽くて強い構造材という特性をもつため、他の応用分野と同じくスポーツ、レジャー用品においても良好な材料として用いられ、ゴルフクラブのシャフトにも採用されていること、ガラス繊維以外の補強材として、ホイスカー(ウイスカー)、炭素繊維などが出現していることが記載されているところ、本件考案の出願前にすでに、炭素繊維を強化材とするカーボングラファイトシャフトが開発されており(甲第4号証)、甲第6号証にも、炭素繊維で補強したプラスチック複合材料の応用例の1つとしてゴルフクラブのシャフトが記載されていること、ウイスカーが比強度、比弾性値において優れているという特性は周知の事項であることからすると、シャフトを構成する複合材料としての補強材の探究をも開発視点としているものと考えられるゴルフクラブに関する当業者が、甲第5号証を見れば、ウイスカーがゴルフクラブ用シャフトの強化材として適用可能性を有するものであることは容易に認識できるものと認められる。

甲第5号証には、ホイスカー、炭素繊維について「なにぶんにも高価な材料であり、その特性を相当に熟知しないとなかなか使いきれない。」と記載されているが、ウイスカーの上記特性は甲第4号証及び甲第6号証の記載から周知であると認められるし、また、材料(ウイスカー)が高価であることが強化材としての適用可能性を認識するについての阻害要因となるものとは認め難い。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

<2>  被告は、ウイスカーまたはウイスカー強化複合材料は高い比強度及び比弾性値を有することが甲第4号証及び甲第6号証により知られていたとしても、ウイスカーが甲第4号証に記載されているゴルフクラブ用シャフトの5つの要求性能をすべて満たし得る材料であると判断することは到底不可能であり、特に、「<3>適度な曲げ剛性を有すること」、「<4>捩れが小さいこと」、「<5>曲げ強度が大きいこと」という要求性能の内容と、ウイスカーまたはウイスカー強化複合材料の比強度及び比弾性値が大きいという特徴事項とが結びつくものではなく、また、材料についての技術常識を有する専門家というものは一部の特徴のみをもって安易に材料を置換しようとするものではないから、上記5つの要求特性のすべてを満たすゴルフクラブ用シャフトを得るために、甲第4号証に記載されたカーボングラファイトファイバーシャフトの炭素繊維に換えてウイスカーを補強材として用いることは容易に想到し得るものではない旨主張する。

しかしながら、上記説示のとおり、ウイスカーは比強度、比弾性率が大きいという特性を有するものであることは周知であり、このウイスカーの特性を利用して補強材とすることにより、ゴルフクラブの重要な要求特性である「<2>軽量であること」が達成できることは明らかであり、また、ウイスカーを補強材とすることによって、他の要求特性が満たされないという技術的理由は存在しないのであるから、当業者であれば、甲第4号証に記載されたカーボングラファイトファイバーシャフトの炭素繊維に換えてウイスカーを補強材として用いることは容易に想到し得るものと認められる。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

<3>  被告は、本件考案における「混入したウイスカーは微細な繊維であるためその方向性がランダム状態で母材の細部まで行きわたり、上記の捩れ方向にもウイスカーが方向性を持った状態で多量に混入することとなるので、捩れ方向に対して大きな抵抗を有するものとなる。このため、打球時にスイートスポットをはずしてもヘッドのフェース面の方向が大きく変わることが回避され、打球の飛行方向が安定する。」(甲第11号証3頁26行ないし4頁2行)という作用効果について、本件考案に特有のものである旨主張するが、上記(3)<3>に認定、説示したところに照らして採用できない。

(4)  以上のとおりであるから、審判請求人(原告)の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件実用新案登録を無効とすることはできない、とした審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由がある。

4  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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